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社会人大学院生の勉強記録

【書評】東浩紀「動物化するポストモダン オタクから見た日本社会」

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今回読んだのは東浩紀さんの「動物化するポストモダン オタクから見た日本社会」。一度は聞いたことがある人も多いであろう、2001年に発売された新書です。

前回書評を書いた「勉強の哲学」と同様、この本についても古くから知ってはいたもののなかなか読む機会を持てず。主催する活動ミテラボで名前が上がるたびに、いつか読みたいと思いながら本棚に眠る積読となっていました。今回は先月に引き続き「会わない読書会」の課題図書として、この本を設定し、書評を書いています。さて早速ですが中身に入っていきましょう。

書籍の概要

目次は下記の通りです。

  1. オタクたちの疑似日本
  2. データベース的動物
  3. 超平面性と多重人格

構成としては3章構成ですが、1章が序章、2章が本論で、3章が補論のような位置づけになっています。全体としては2章までで議論は一段落ついており、3章はそこからの発展編が補論として示されているような構成です。

ここからはざっと所感として内容を追っていきます。自身の理解の問題もあり、前半に集中した所感になります。

書籍の目的と当時から見た先見性

1章「オタクたちの疑似日本」では、オタク系文化の定義やそれについて議論をする重要性について書かれています。そしてここでは、本書は「オタク系文化について、そしてひいては日本の現在の文化状況一般について、当たり前のことを当たり前に分析し批評できる風通しのよい状況を作り出すこと」を目的として書かれていることが示されています。

現在は2020年、およそ20年前に出版された書籍なので、その時代性をふまえて読む必要があるわけですが、いわゆるサブカルチャー論がある程度普及した現代から見ればそんな時代があったのかと純粋に驚きをもって読める文です。そういう意味では、この本は先駆けとして確かに成功し、目的を達成したのかもしれません。

また2001年はぼくはまだ6歳、小学生になったばかりのころ。そこから5〜6年後の2008〜2010年あたりが僕自身がオタクとして活動をしていた全盛期でしたが、当時ですら肌感として「オタク≒キモい」という文脈が根強くあったことを考えると、相当に速い書籍だったのではないかと思います。

ちなみにこの本ではオタクを3世代に分けており、僕(1995年生まれ)はそのちょうどあと、系譜でいえば第4世代にあたることになります。

クール・ジャパンアメリ

そしてもう一つ面白かった点として、ここから「オタク論」が日本古来の文化に根付いているという主張をある意味で否定している箇所をあげます。今でこそ「クール・ジャパン」と呼ばれ、日本のアニメ文化が輸出されるようになっていますが、「クール・ジャパン」には日本古来の文化であるという意識が根強いように思います。

しかし著者は、日本のオタク系文化は日本の伝統文化と連続なものではなく、その源流はアメリカにあることを示しています。本文を借りれば、「オタク系文化の歴史とは、アメリカ文化をいかに『国産化』するか、その換骨奪胎の歴史だったのであり、その歩みは高度経済成長期のイデオロギーをみごとに反映してもいる。」と指摘されています。つまりアニメや特撮が「日本的」に、今の言葉で言えば「クール・ジャパン」になるまでの過程には「アメリカ」が差し込まれており、かなりねじれたプロセスであったというのです。そしてここで興味深い事象として、そのように輸入してきたアメリカのサブカルチャー国産化する中で、日本は「独特の美学」を発展させてきたことであると指摘しています。

最終的にはこの独自性が世界的に評価され、逆に海外のサブカルチャーに影響を与えるようになっている現代社会から見ると確かにと唸る反面、今度はその「日本的なサブカルチャー」を国産化するような動きが各国で起こりつつある現状、相対的に日本のサブカルチャーが影響力を失っていく可能性も十分にありえるように思います。

こういった指摘から、オタク系文化とは「アメリカ産の材料で作られた疑似日本」によるものであり、サブカルチャーを議論することは「日本の戦後処理の、アメリカからの文化的侵略の、近代化とポストモダンが与えた歪みの問題がすべて入っている」ことから、前節の目的設定がなされています。

繰り返しになりますが、サブカルチャー論が発展した現代から見れば、こうした指摘を改めてしなければならない時代にかかれた本であることを再確認すると同時に、確かに目的を達成していることに感動せざるを得ません。

データベース・モデルと2010年代アニメ

最後にもう一つ、本書の主題であるデータベース・モデルについて書いて終わりにします。「データベース・モデル」とは、著者がこの本で提示している世界の在り方を示すものです。近代の社会モデルである「ツリーモデル」は、「大きな物語」から生成される表層としての「小さな物語」を見る「私」と、「大きな物語」に規定される「私」という構造でした。

これに対しデータベース・モデルでは、これまで「私」を規定していた「大きな物語」が喪失し、データベース(情報)とその表層である「小さな物語」でできている。そしてデータベースを「私」が読み込むことでいくらでも異なる「小さな物語」が生まれてくる、という構図になっています。この構図は、情報と見せかけの二重構造になっている点、そして「私」側がデータベースにアクセスする仕組みになっている点が、「ツリー・モデル」と異なります。

データベースモデルで起きている事象は、例えば二次創作や萌え消費として表れています。2次創作とは、情報という名の設定を持ったデータベースがあり、そこに作者がアクセスをして新しい「見せかけ」を作る営みです。ここでデータベースにアクセスをする、という点がポイントで、2次創作では「データベース」に準拠していないものは、そもそも2次創作として認められません。

改めてこの本が書かれた時代を振り返ると、2000年にすでに放映されていたアニメは、「美少女戦士セーラームーン(1992)」「機動戦士Vガンダム(1993)」「新世紀エヴァンゲリオン(1995)」「名探偵コナン(1996)」「ポケットモンスター(1997)」「遊☆戯☆王(1998)」「ワンピース(1999)」「犬夜叉(2000)」あたりです(セレクションは主観が多分に含まれています)。

これに対してぼくが主に消費していたオタク系文化といえば、「涼宮ハルヒの憂鬱(2006)」「ヱヴァンゲリヲン新劇場版(2007)」「けいおん!(2009)」「STEINS;GATE (2011)」「魔法少女まどか☆マギカ(2011)」「Fate/Zero (2011)」など。上にあげた世代のアニメは「名探偵コナン」や「犬夜叉」など、いわゆる平日19時枠のアニメは見ていましたが、オタク系文化と自覚をしながら見ていた中で有名なものはこのあたりです。

何が言いたいかというと、上にあげた2つのアニメ群を比較すれば、後者のアニメ群は圧倒的にループものが多いということです。涼宮ハルヒの憂鬱では、エンドレスエイトという有名なループ回があり、あまりにも同じ構成のアニメが毎週流される事態に、当時一緒に見ていた父親と「これは本当に最新話か」と何度も確認をしたことを覚えています。「ヱヴァンゲリヲン新劇場版」は、リメイクかと思いきや当時のアニメとはところどころで話が異なり、ほぼループものであることが確定していますし、STEINS;GATE魔法少女まどか☆マギカに至ってはもはやパラレルワールドが前提の物語です。

そしてパラレルワールドやループものの物語構造は、データベースモデルなくしては基本的に有りえません。同じ時間軸で同じ世界観なのに、キャラクターの性別が違ったり、起きる事象が異なっていたり、といういわば「2次創作」的なストーリー展開は、その背後にデータベースがあるからこそ出来上がっているものと考えられます。

本書出版時点では、データベースモデルはまだ自明なものではなく、構造としてそこにある、というようなものだったろうと思います。しかしそこからおよそ10年後の2010年前後にはそのことは自明になり、また自覚的になったことで、多数のパラレルワールドが前提のシリーズや、ループを有効に利用した物語が展開されてきたのではないか、というのが本書を読んでの僕なりの体験からの仮説です。

2020年から見た「動物化するポストモダン

とはいえ、時代はそこからさらに10年。今は2020年です。感覚としては、けいおんなどから始まる「終わらない日常系」と、そこから切り出すことで無理やりに終わりを作る「サバイバル・デスゲーム系」が非常に増えているように感じますが、そことデータベースモデルの関連性まではまだわかりません。またそもそもその感覚自体が、今から見れば古いかもしれません。

もう一つ感覚として、もはやサブカルチャーは「オタク」の代名詞ではなくなってしまったようにも思えます。アニメを見ていれば「オタク」であったものが、最早アニメは誰でも見るし、◯◯オタクであることは特に「キモい」と結び付けられなくなりました。一方で、当時の「オタク的なもの」はよりその濃度を高めて一部残っているような気もします。このあたりの関係がどうなっているのか、という点も気になるところです。

本書の続編として、「動物化するポストモダン2」という書籍も出ているので、またどこかで読んでみたいところです。かなり長くなりましたが、ここまでとします。

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