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社会人大学院生の勉強記録

【書評】本田由紀「教育は何を評価してきたのか」:裏エピソードとしての教育史と言葉の関係

f:id:meganeshot4:20200621213403j:plain 今回読んだのは、2020年1月に出版された本田由紀先生の「教育は何を評価してきたのか」。あとがきに著者自身が書いている通り、新書にしてはかなり専門的な内容で、且つ著者の最近の研究の集大成のような内容になっているそう。

学部で教育学を専攻していて、そこで教育社会学を少しかじった身としては、「本田由紀」といえばメリトリクラシーとすぐに思い浮かぶ研究者の一人。そんな著者が「教育は何を評価してきたのか」と問い、メリトクラシーが日本では「能力主義」と訳され、日本にいびつな形で導入されてきたことについて、自己反省的な書籍を出したと聞いて、本屋で見かけたと同時にレジに向かっていました。

さて、意気揚々と読み始めたはいいものの、冒頭にも記載した通り「はじめに」から最後までデータや歴史を踏まえながら論拠を詰めていくような専門的な内容のため挫折。早々にページを閉じてしまいました。しかしたまたま今回「会わない読書会」の課題図書にすることになり、改めて向き合う時間がとれたので感想をまとめてみようと思います。

書籍の概要

目次は下記の通りです。

  1. 日本社会の現状ー「どんな人」たちが「どんな社会」を作り上げているか
  2. 言葉の磁場ー日本の教育の特徴はどのように論じられてきたか
  3. 画一化と序列化の萌芽ー明治維新から敗戦まで
  4. 「能力」による支配ー戦後から1980年代まで
  5. ハイパー・メリトクラシーへの未知ー1980〜90年代
  6. 復活する教化ー2000年代以降
  7. 出口を探すー水平的な多様性を求めて

構成としては比較的簡易で、1章で問題の前提として世界的にみて日本が特異な状態であることを示し、問題設定を行っています。その後2章にて、メリトクラシーという言葉がどのように日本に受容されてきたのかについて論じています。冒頭に記載したような、著者による自己反省的な色合いが強く出ている箇所、というのは主にこの章のことで、それ以降にはあまり言及されません。

3章以降は明治維新から現代までを時系列に追いながら、「能力」「態度」「資質」という3つのことばと著者自身の設定による「垂直的序列化」「水平的画一化」「水平的多様化」の3つのキーワードを相互に関連させながら論じる構造。そしてそこで提示した問題設定から、最後に具体的な政策提言に落とすという形をとっています。

全体としては、現代社会を比較的長い時間軸でみたときに「能力」「態度」「資質」という3つのことばの意味がどのように変化をしていき、それによって教育政策が「垂直的序列化」と「水平的画一化」を強めたことを主張していて、そのカウンターとして「水平的多様化」を強めるような政策提言をおこなう、という構図です。

一方で本田由紀先生自体、教育社会学の専門であり、その役割意識からか、どちらかといえば現状を暴く部分に力を割いていて、最後のカウンターの主張は短く、また根拠の弱いものに見えます。それに対して長い時間軸の中で、ことばの変遷が今の教育政策の中で大きく変わっていることは切れ味よく述べている印象です。

実際最後の提言では、根拠データがほとんど示されておらず、また比較的安易にイエナプラン教育に言及されています。ただ単純にこの書籍の問いは「教育は何を評価してきたのか」であり、その主要な関心は問題提起にあるので、そこはおまけと捉えていいという認識です。

以下3つくらいの点について、感想をまとめます。

  1. 裏エピソードとしての側面 2.抵抗としての教育社会学
  2. 水平的画一化と垂直的序列化の結託からみる就活

裏エピソードとしての教育史と言葉の関係

この本は、近年盛んにうたわれている「育成すべき資質・能力」について、その裏エピソードを暴露するような形になっています。「育成すべき資質・能力」とは新しい学習指導要領で示されている、「学びに向かう力・人間性等」「思考力・表現力・判断力等」「知識・技能」の3つを重要な資質・能力として、これらを育成することが重要とする考え方のことです。

こういった考え方は「表のエピソード」として、これからの社会(これはVUCAとかSociety5.0とかいろいろな名前で呼ばれる)では、従来のように学力テストで測れる知識を身につけるだけじゃ全然だめで、ここに対応できるような能力、いわゆる「コンピテンシー」を身につける必要があるのだ、という主張です。例えば、変化が激しい現代社会においては、学び続ける姿勢が重要であり、生涯教育社会において「自ら学ぶ姿勢」を身につけることが重要なのだ、というロジックで説明をされるわけです。

しかし本書が示しているのは、この資質・能力はそんな表エピソードからなるものではなく、これまでの歴史的流れの中に萌芽があったものであり、そこには「能力」概念の拡大があらわれていることを示しています。つまり垂直的序列化が強化されていく中で、社会的な状況もあり「知識・技能」だけでは序列がつけられなくなったことによる副産物として、これまで学力を意味していた「能力」は新学力感、人間力と拡大をしながら形を変え、最終的には学力を一つの要素として包含した「資質・能力」に姿を変えたというわけです。

抵抗としての教育社会学

水平的画一化と垂直的序列化は、0になるようなものではなく、その方向に容易に流れていってしまう社会の力の向きとして示されていて、これに対する抵抗のような形で法制度がひかれていたことが示唆されています。仁平さんの言葉を借りれば、ここでいう水平的画一化への抵抗は教育社会学でいえば「教育の抑圧性」を指摘するロジックであり、垂直的序列化への抵抗はある意味で「教育の欠如」を指摘するロジックといえます。

そしてこの問題系のうち、後者の「教育の欠如」を指摘するロジックは現在の教育社会学のメイン領域となっており、そこでは主に教育システム内に存在する格差を暴くような形での研究が多く行われています。何度か引用されている松岡さんの「教育格差」や苅谷さんはそのロジックの代表格と言えるでしょう。しかしこの本では、そのような問題が起きるそもそもの原因を「垂直的序列化」に向かっていく力にあると考え、その力がいかにして社会を方向づけてきたかを明らかにするものになっています。

本田さんは元々がハイパーメリトクラシーの研究者で、このロジックの専門なので、こちらの議論はかなり明瞭な展開です。特に「能力」という言葉が持つ序列の意識と、その意味の拡大を通して種々様々な諸能力が一つの「能力」の序列化に参画していく過程については、なるほどと感嘆しながら読んでいました。また元々は高等学校のキャパが足りなかったことから生じた入学試験からきた「学力」という意味での「能力」概念が、高校全入時代に突入するにつれて中卒労働者の職を奪う事態につながり、そこから高卒の中でも差異を出すための素材として「態度」に注目が集まっていく過程は大学全入時代に突入している今の社会から、数年後の未来を思い描く指針になります。

また一方で、「教育の抑圧性」があまり語られてこなかった裏で、保守層が政府と結びつく形で新教育基本法を制定し、教育勅語を思わせるような「態度」の「教化」が進んでいることを明らかにしています。言うまでもなくこれは「水平的画一化」のロジックです。例えばブラック校則や森友学園の問題などが問題として取り上げられています。ここは正直本田さんの指摘では途中がブラックボックス化しており、社会の不安定化から改めて国力の強化という幻想が立ち上がり、ここにつながっているという論が展開されていますが、序列化ほどの納得感はありませんでした。

水平的画一化と垂直的序列化の結託からみる就活

ただこの水平的画一化と垂直的序列化の結託の力は凄まじく、現在でいえば新卒の就活事情などはまさにこの結託の中にあると言えそうです。ビジネス書の多くが不安定な社会での生き抜き方を煽り、不確定な「能力」を規定していき、またその世界に飛び込む一部の大学生を神格化することで強い序列意識を根付かせています。就活は学生に同じレースに並ぶことを強要し、そこで測られる「能力」に応じて内定が出るような仕組みになっており、レースへの参加が遅れることは致命傷を意味するわけです。

同じレースに並ぶというのは、つまり同じような「リーダーシップ」を語り、同じような髪型で同じようなスーツを着ることを指し、まさに水平的画一化の様相を呈します。その一方でそこには学校歴をはじめとする明確な序列が存在し、その中で自分の位置どりをするゲームのようなものと捉えれば、そこはまさに垂直的序列化といえるわけです。

ここで排除されているのは、例えば「オワコン」ルートとして名高い文系修士課程の学生でしょう。まさに自分自身がその一員なわけですが、そもそもが同じルートに乗れなかったわけですし、このゲームで測られる能力はハイパーメリトクラシーでいう能力で、知識ではありません。よりニッチな領域を突き詰める方向にある修士課程との相性が悪いのは言うまでもないでしょう。

そう捉えると「水平的画一化」と「垂直的序列化」という概念はとてもよくできていて、現状を分析するのに便利そうです。さらにいえば概念自体が方向の軸というニュアンスを持ち、しかも流れとしては画一化、序列化に向かうようになっていて、そこに逆行する向きの「抵抗」を考えることができるのもいい感じ。

以上長くなりましたが、感想でした。

関連文献/参考資料

参考になりそうな文献は下記。

以前似たような事象について書いた記事 note.com note.com